T-Photography

写真をもっと考える。

『ソール・ライター展』で考えたこと

 

トピック「ソール・ライター」について

www.bunkamura.co.jp

 先日、Bunkamuraで行われている『ソール・ライター展』を見に行きました。

 

僕は、ここ3,4ヶ月、ほぼ写真を撮らない日々が続いていました。やや忙しかったというのもあるのですが、なんとなく写真にどう向き合っていいのか分からなくなっていました。

僕が写真を始めた当初は、まあ撮るのが楽しくて楽しくて、ひたすら楽しいだけだったので、あまりゴチャゴチャ考えずに、ただ楽しい趣味として続けていこう、と決めていました。

しかし、2年も写真を撮っていると、やはりいろいろ考えざるを得ません。SNS等で自分以外の人が撮っている写真を見ることも増え、やはり、自分のスタンスというか、自分の写真の意味を考えるようになってきてしまいます。

 

僕は現在美大生なのですが、周りには絵が上手い人もたくさんいて、そうすると、「写真」というメディア自体も相対化して見ざるを得ません。「写真である必要はあるのだろうか」というところから、迷いが生じてきてしまいます。

完成度を高め、自分の作りたいヴィジュアルを作り込むのなら、写真である必要をあまり感じません。かといって、フィルム写真で、できるだけ「撮ったまま」みたいな写真もそんなに撮りたいとは感じません。RAW現像やレタッチをしている楽しさも、僕の中では大事な要素だからです。

また、写真のテーマや題材も、ゴリゴリの風景写真とか、美女のポートレートとか、そういうのにも何だかイマイチ興味が持てません。とはいえ、アートっぽい写真も何か違うなぁ、と思ってしまいます。

 

悶々と考えているうちに、自分が撮っている写真はとても中途半端だなぁ、と感じて、なんとなく写真を撮るのが億劫になっていました。

 

 

 

そんなこんなで、『ソール・ライター展』です。

ソール・ライターのことは、数年前に彼の映画が公開されたことで知っていました。といっても、映画は観ていなくて、ただパンフレットが学校にあって、そこに写っている写真を見て、「いいなぁ」と思っていた感じでした。

当時は、僕の中で写真に対して迷いがなく、ただただ楽しい時期だったので、別に観に行く必要を感じなかったような気がします。

しかし、今回はちょうど悩んでいる時期で、たまたま展示をやっているのを知り、すぐに見に行きました。

 

写真の批評なんかできないので、ただ、僕が受け取ったことを書きます。

とりあえず、また写真撮り始めよう、という気持ちになれました。撮る意味を考えてしまうことをやめることはできないと思いますが、そのことを横に置いておいて、とりあえず撮り続けてもいいかな、という気分になれました。

それは多分、彼が日常を絶えず切り取っていて、それが確かに良い写真だと僕が感じられるからだと思います。

展示やウェブサイトで紹介されている彼の言葉で、僕が特に共感したのは、次の言葉です。

 

”私が写真を撮るのは自宅の周囲だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起こると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。”

 

”重要なのは、どこである、なにである、ではなく、どのようにそれを見るかということだ。”

 

僭越ながら、この言葉は僕の写真に対する気持ちをストレートに表してくれているように感じました。

ここでは、基本的に空間的な事が語られているわけですが、これは、意味に対しても言えるのではないかと個人的には解釈しました。

「良い写真を撮ろう」と思って、必ずしも旅行したり、山に登ったり、モデルを雇ったりしなくてもいい、と言うように、同じく目的を持ったり、周りとの関係を考えたり、自分のスタンスを明確にしたりしなくてもいいような気がしてきました。

 

なんというか、「ただ目の前の美しさに反応すればいいんだ」と言われているような。そして、実は僕はわりとそういう写真の撮り方をしてきている方だと思って、「なんだ、じゃあ、別にそれで良かったのかな」という気持ちになってきた、ということだと思います。

 

彼の写真に対する僕の感想は、「気取らず洗練されている」という感じでした。

狙っている感じはなくて、彼が「おっ」と目を奪われている感じが伝わってきました。とにかく、反応している。目の前に美しさに気付いた瞬間が写っているように感じました。もちろん、そこに構図の上手さがあって、それが洗練に繋がっているのだと思います。

写真を作り込む上手さ、というのはあると思います。と、同時に、偶然立ち現れた美しさに気付く素直さも、良い写真の大事な要素なのではないか。

そして、それは、何かをうんうん悩みながら撮ることよりも、とにかく「見て」「撮る」ことの繰り返しの中から生まれてくる良さなのかな、というのが、今、僕が考えていることです。

 

 

それで、僕は、まあ、答えが出たわけではないけど、とりあえず「見て」「撮る」ことをまた再開しようか、という気持ちになれたというわけです。

いや、ずっと分かっていたことだった気もしますが、しかし、それでいいのかという迷いを晴らしてくれた展示でした。とりあえずは、それでいいのだと思って、写真を撮り続けようと思います。

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